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  • 執筆者の写真森をツナグ

母と福岡〜九州をめぐる旅。とてもいい旅となりました。

母と福岡〜九州をめぐる旅。太宰府、糸島、母親の生まれ故郷の久留米、そして由布院へ。母とふたりで旅に出るのは、これで4回目ですが、とてもいい旅となりました。



夫と結婚してから、義母と一緒にいるとすごく居心地がよくて、こんなに心地いい親子関係があるのだとびっくりしました。実家の母とは反発も喧嘩もするけど、仲がいいと思ってました。でも、なぜこんなに受けとる感情が違うのだろうという違和感を感じて、そこから実家の母との関係を見つめはじめました。


日常的にも色々その違和感について話すようになりましたが、離れているし、なかなか日常では話しきれません。だから、これまで自営業の仕事が忙しくて母娘旅なんてしたことがなかったけれど、思いきって旅に一緒に行って話すことにしました。


4回にわたって行った母との旅行。


1回目の箱根は、わたしの感情を母にぶつける旅でした。小さい頃からたくさんの習い事をしてて、小学校高学年には7-8種類、全ての習い事をきちんと一生懸命やってました。当時は気づいたらやっていて(やらされていて)、好きとか嫌いとかの問題ではなくやる、反発しながらもやる以上はちゃんとやるのが当たり前と思ってたのですが、振り返ってみると、たぶんすごく大変でつらかったのだろうなぁと。なぜこんなにたくさんの習い事をさせたのか、他にも女の子だからという理由で色々押し付けられていた、小さい頃は気づかなかった、溜めこんでいた感情をたくさんぶつけた旅でした。


2回目の松山は、小さい頃のわたしの感情がぶわーと溢れ出てきた旅でした。2歳年下の弟がいるのでいつもお姉ちゃんでした。両親が自営業で忙しいから、早く早くと追い立てられながら、弟の面倒を見たり、いくつものタスクを同時に言われて、それを一生懸命こなしてしまうから、両親もわたしを頼ってさらにお姉ちゃんをやる、だから甘えられずに辛かったんだなーということがわかりました。いつもお母さんのまわりには、仕事や弟たちがいて、独り占めにできなかった。ようやく母娘の旅で念願のふたりきりが実現できて、本当はお母さん大好きと言って、たくさん甘えたり話したいのに、素直にそれが言えない。。そんなもどかしさを感じて、そのもどかしさがたくさんの涙となって流れた旅でした。


3回目の高知は、ずっと蓋をしてきた感情を、反発ではなく素直に伝えられるようになってきた旅でした。旅の最後、空港で別れる時に、ずっと言いたくて言えなかった「お母さん大好き」という言葉を人生で初めて言えて、本当に嬉しかった。わたしはお母さんにこの言葉が言いたかったのだと気付きました。


そして今回。少し前に母は急性の乳がんになり、手術は成功したものの1ヶ月後に転移が見つかりました。いま体調はすこぶるよくて痛みも全くないのだけど、抗がん剤治療は行わないと決めたため、いつ悪化するかわからない状態です。体調がよいうちに、生まれ故郷の久留米と福岡をまわりたい、そしてわたしの気持ちを全て聞き尽くしたいと来てくれたものでした。わたしも今回の旅で全ての感情をスッキリさせて、母との関係において一分の後悔も残したくないと思っていました。


今回の旅で色々なことがわかりました。例えば、お母さんという役割、お姉ちゃんという役割でお互い見ていたし、お互いに理想像を押し付けていたということ。両親や弟からはお姉ちゃんと呼ばれて、名前で呼ばれることが少なかったように記憶してます。今回の旅で、母から何度もともちゃんと名前で呼ばれて本当に嬉しくて、あぁ、わたしはお姉ちゃんではなく、ともちゃんと名前で呼ばれたかったのだなぁということにはじめて気づきました。 同時に、わたしも、母を母親という役割ではなく、ひとりの女性として捉えることを頭で理解するだけでなく心から実感できてよかった。


他にも、わたしが好きな神社を案内したけど、母はすごい建物だねぇ!とは言うけど、感情には響いていない様子。話してみると、母はお寺派、わたしは神社派ということがわかりました。母は空海や密教を勉強していて高野山にも修行に行っているほど。仏像に対峙すると気持ちが入りおまいりできるといいます。対してわたしは仏像やお寺に行くとすごい!と思うことはあっても、感情が揺さぶられることはあまりなく、反対に神社に行くと気持ちがすごく解放されて、たくさんのことを感じます。最後に訪れた大宰府政庁ではお寺も神社も関係なく、ふたりとも同じような気持ちよさを感じて、その気持ちを共有して。最終的に目指すものは同じでも手段が違うということがようやくわかって、お互いにスッキリしました。このことが象徴しているように、お互いに好きな手段が違うのに、お互いにそれを押し付けあっていたから辛かったのだいうことがわかりました。


わたしは、すべての対人関係の根本に、親子関係があると思っています。だから、幸いうちは両親ともに健在なので、生きているうちに全てのしこりやネガティブな感情をクリアにしたかったし、必ずそうしようと決めてました。


5年近くかかったけれど、ひとつひとつの感情や違和感に丁寧に向き合って、母と話しながら、時に激しくぶつかり合いながら、その原因が何であるのかを明確にして、抱いていたしこりやネガティブな感情が全てクリアになりました。あきらめずに丁寧に取り組んで、本当によかったと思います。


もう大人なんだからなどと言わずに、とことん向き合ってくれた母にも、心から感謝しています。本当にありがとう。これからはとても心地いい空気が流れる新しい関係を、命が続く限り、積み重ねていきたいと思ってます。



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